★★★★★ 空気の読めない人に空気を読み方を真剣に教えた結果

はじめに

このテーマに関しては本当に真剣に悩んで考えてきました。もし、タイトルのような経験や上手くいった、いかなかった、また興味を持っていただいた方は、少し長めの記事になりますが、是非とも最後までお読みいただき、コメントをお寄せいただけたら幸いです。

 

空気が読めない後輩О君

空気が読めない人を相手にすると疲れるというなら、相手にしなければいいのですが、職場や家族等、簡単に切れない関係にある場合は苦労することになりがちです。

 

筆者にも職場の後輩になるO君が空気の読めないタイプであった。筆者はO君の教育係だった。最初の頃は、あまり気にならなかったが、周囲の人達から、O君は空気の読めない奴だとか、何度言ってもわからない、そういう声が出てくると、筆者も教育係として指導しなければならないという重圧感があった。

 

 

初めのうちは、冷静に「お客様と出来ない約束をしないように」とか、「お客様に聞かれてもない不必要で余計なことを言わないように」など、たいてい人ならば、一度二度言えばわかることが、O君は同じようなことを繰り返すのです。

 

 

何度でも同じように指導していましたが、次第に周囲が疲弊してきて、O君に対して怒鳴り付けるようなことも起きてきました。

 

 

これはマズイと、O君には空気を読むとは何か?ということから教育しなければならないと考えるようになりました。それまでは、一方的に仕事の手順等を教えてただけなので気付かなかったのですが、O君の価値観等を聞き出すとなると、会話ということになります。すると、O君の会話の中ある顕著な傾向があることに気付きました。

 

 

空気が読めないO君の傾向

 

①最後まで相手の話を聞かず、質問の途中でO君が喋り始める

 

②会話の内容に対する回答に不必要な補足をしたり、途中から、話が逸れてしまい喋り始めるとなかなか止まらない。

 

③話題が終了していることに気付かず、喋り続ける。

 

 

①の例を挙げると、「今日は営業部長が不在である。部長担当のお客様から電話があったら私に回して下さい」という指示をしようとすると、部長が不在であると言った時点で、「部長は何時に戻るのですか?」という質問をしてこちらの発言を遮る。

 

 

たしかに部長の戻り時間も把握することも大切ですが、この場面では、お客様から電話があった場合の対応の方が大切であると、たいていの人は認識する。話のポイントがわからないО君は周囲の人達はアイツ大丈夫か?とダメ出しをされる。

 

 

②の例は、定時は過ぎたが重要な話があるから10分だけ時間を下さいとお願いしたところ、「いいですよ、どうせ家に帰っても一人で酒飲んで寝るだけですから、それに彼女とも別れたし、家にいても親がうるさいだけですから・・・・」

こちらが聞いてもないことをどんどん喋るものだから、こちらの重要な話というのも軽視してるのか?周囲からは、そう誤解される。

 

 

③の例として②に似ているが、4、5人くらいで雑談をしていたとする。部長が「選挙行った?」とみんなに聞いたとします。

Aさん「行きました」

Bさん「俺はパチンコしてたから行ってません」

部長「ダメだよ選挙行きゃ、俺だって選挙行ってからパチンコいったんだぞ」笑

少しパチンコの話になる。

Cさん「俺はパチンコは打たないで選挙行った。」

部長「Cさん偉いじゃん、Bさんパチンコしてるパチンコしてる場合じゃないよ」笑

部長「ところでAさん何党に入れたの?」

Aさん「K党です」

ここでO君が発言始めます。

O君「俺も行きましたよ、朝早く起きて、10時前に並びましたよ」真顔で

部長「どこに入れたの?」

O君「〇〇店で、三万も負けちゃいましたよ」まだ気づいてない様子で。

部長「は?今選挙の話してるんだぞ」笑

 

と、実際の会話内容とは違いますがこんな感じです。これが雑談なら良いのですが、お客様との商談だとマズイ。大きな失敗をする前に、O君の教育係として何とかしなければならないという焦りから、こうした普段の雑談の中までも、O君に対して空気読みのアドバイスをしてしまいました。

 

 

教育指導を雑談の時間までしたくはなかったが、教育係としての責任感からやむを得ないと考えていた。筆者のネット検索履歴は「空気読めない、空気読めない人 、治し方」のオンパレードだった。

 

 

しかし、O君は嫌な顔はせずに、勤務時間外でも筆者の指導を真剣に受けていたようにみえた。しかし、何度も何度も同じミスを繰り返すO君に、「難しいことを要求している訳ではないのに改善が見られないのは真剣さが足りない証拠だ」「仕事を舐めてる」と酷評を受けていた。

 

O君が自分を客観的に見てもらえるように、O君が空気の読めない発言をした都度、今の発言は〜〜の理由で適切でない、今のO君の発言だと、周囲から誤解を受ける等々、遠慮なく言わせてもらった。

 

O君も今までは「空気の読めない」と非難されてもあまり気にしてなかったようですが、今の会社で、はじめて自分が空気を読めないことで周囲に迷惑を掛けていることに気が付いたらしい。

 

筆者もあれだけ、しつこく指導するればそれに気づくだろう。卑屈になって欲しくはないが、何よりO君が自分を客観的に見れるようになったことは大きな前進であるように思えた。

 

ここから、筆者の根拠の無い自信、きっと指導は成功してO君は空気の読める人になる。そう信じて疑わなかった。

 

だがそれでも、やはり同じミスを繰り返す。周囲からはアイツは人の話を真剣に聞いてるフリをしているだけだと非難を受ける。

 

たしかに、一つ一つの指導は難しいものではないはず。もしかしたら周囲の人達がいうように、O君は聞いてるフリしてるだけなのではないか?

 

こちらは真剣に考えているのにけしからん、という怒り、だんだんと指導の口調も強くなり、疑心暗鬼のブラック赤石が出てくるようになった。

 

それでも、O君は相変わらず同じミスを繰り返す。教育係という責任感と疑心暗鬼のブラック赤石の指導は歪んだ方向にブレーキが掛からなくなった。いわゆるパワハラ上司である。

 

その指導は、口調は強く言葉は汚くて聞き苦しいものだった。しかし、それだけの指導を受けて変われないのはO君自信に問題があるとして、とうとう社長にも見捨てられることになった。

 

ブラック赤石も匙を投げてしまい、いつまでも変わらないO君に失望していました。真剣な指導を踏みにじった裏切者とさえ思っていた。

 

 

無気力になったブラック赤石は、もうO君が誰に叱られても、ざまあみろとしか思えなくなった。。

 

 

しかし、そうした周囲のO君へのバッシングは「赤石の指導力不足」指導者失格の烙印を押されたように聞こえた。

 

とうとう赤石はO君に「これだけの指導にもかかわらず、周囲からも再三再四同じ事を言われるが改善はされない。然るべき病院を受診するよう勧めた」これはパワハラで訴えられる覚悟の上だった。

 

 

しかし、O君はこれだけのことになったのは自分のせいだと思ったのだろう。退職が先になってしまったが、本当に受診をしたのでした。

 

退職後に一度連絡を取ってその話を聞いたが、受診の結果は筆者にとってどうでもよかった。

それはO君は聞いているフリをしていたのではなく、本当に「空気の読めない自分と向き合って真剣に指導を受けていた」ことがわかったからです。

 

 

結論

 

空気の読めない人に空気の読み方を真剣に教えても簡単には変わらない。本人が、それに気付いて自分と向き合って、改善の努力をしても変わらない可能性が高い。

 

 

考察

 

 

その後は、私赤石も同社を退職することになった。空気の読めないについては、その後も追求し続けた。その中で、脳科学者や評論家等は、空気の読め人というのは、集団生活する生物の中では一定の割合で必要で、治そうとする必要はない。

 

むしろ空気の読めない人は、貴重な存在であり、その性格に合った仕事をしてもらうことが世の中の為であるという学者もいる。

 

 

たしかに筆者の実体験からすれば、強引な改善要求の結果誰が満足しただろうか?むしろ失うものの方が確実に大きいだろう。

 

仮に改善出来たとしても、そのような大きなリスクを取ってまで、平凡な人を一人増やす必要があるのだろうか?

 

私赤石の実体験からみると、脳科学者や評論家等の学説が正しいということになる。

 

 

 

 最後に

 

 この記事を書きながら、私赤石も大いに反省するべき点が多く、懺悔の記録となった。O君との話の中で、幼い頃から、親兄弟に「トロイ、早くしろ」と言われ続けた過去があったそうです。そうした話をこれを書きながら思い出しました。

 

もしかすると、そうした劣等感は、空気を読むよりも早くしなければならないという強迫観念を生み出し、空気を読む前の発言だったり、行動が出てくるのかもしれない。

 

空気を読めない原因はいくつかあるかもしれませんが、原因の一つにそういった劣等感というものが隠れているかもしれない。

 

           

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